
ここまでで42分もかかる。
ところで、「会」って何の会なの?

こんなのが延々と続く

おはようございます。
連休中ほとんど都内にいたので、出かけ足りない気がしてしまい、ちょっと旅に出てます。
といっても千葉島ですが。
相変わらず電車がボロい!高校、大学時代に合宿行った時と同じだぞ、これ。
ANA国内線の「プレミアムクラス」(←スーパーシートプレミアム)に1年間乗り放題。その他手荷物の受け取りや、空席待ちの優先などの特典もあります。
そのお値段、なんと300万円!
https://www.ana.co.jp/dom/fare/guide/pc/pass/index.html
だ、誰が買うんだ。で、何回乗れば元が取れるんだ?
週に何度も東京-大阪、東京-福岡、東京-新千歳を往復されるエグゼクチブのあなた!
いかがです?限定100名×2回募集だそうですよ。
月・火と有休を取って無理矢理四連休を作った。今日も休みだ、ヒッヒッヒ。
水曜に出社したときに、仕事がどれだけ溜まってるのか、ちょっと怖いが。
そんな訳で、昨日は久々に鉄分の濃い一日を過ごしてみた。
純粋に鉄道に乗ることが目的で出掛けるのは、正月以来だ。
もっとも、もともと年に数回しかそういう外出はしていないが。
今回は色々考えた末、房総半島を小湊鉄道-いすみ鉄道で横断することに決めた。
東京駅10:55発の快速君津行のグリーン車に乗って、いざ千葉島へ出発。グリーン車はガラガラである。
11:54、内房線の五井駅に到着。小湊鉄道はここから上総中野までの約39キロを走る私鉄である。五井の駅にはまだ昼間だというのに高校生の多いこと。考査期間でもないのに、何故下校してるのか、よく分からない。
跨線橋を渡って小湊鉄道のホームに降りる。停まっているディーゼルカーはたった1両。さすが平日の昼間である。ただ、中を見てみると座席は結構埋まっていて、思ったより乗車率が高い。しかも冷房つき。
ホームの端の事務所で「房総半島横断乗車券」(1,600円)を購入。普通に小湊・いすみの乗車券を買うと五井→大原は1,990円になるので、こちらがお得である。
12:20、上総中野行きのディーゼルカーは車体をブルブルと震わせながら出発。ちなみに小湊鉄道は昼間40分おきだが、大半は途中の上総牛久行で、残りの大半が養老渓谷行・上総中野行だが、上総中野まで行くのは1日5本しかない。
折返し列車も多い上総牛久駅までは乗り降りも多いが、上総牛久で半分以上が降りてしまうと、残る区間はほとんど人が乗って来ない。東京からさほど遠くない場所にあるというのに、完全に時の流れに取り残された古い駅が続く。かつてはすれ違いができたであろう駅も片側の線路・ホームは打ち捨てられ、寂しい雰囲気だ。しかし、各駅には古き佳き山里のローカル線の雰囲気が色濃く出ている。小湊鉄道は結構CMにもよく登場するが、その理由が良く分かるというものである。
列車の速度は遅く、併走するクルマに抜かれる。単行のディーゼルカーはゆっくり踏みしめるように勾配を登り、房総半島の山中へ分け入っていく。沿線では最大の観光地であろう養老渓谷を出ると、列車は分水嶺を越えて明らかに下りに差し掛かる。そして、わずかに下ったところで,13:28、終点上総中野に到着。約39キロを1時間以上かかってきたことになる。
ここからは、元国鉄木原線だったいすみ鉄道に乗り換えるが、両線共に本来の終点はここではなかった。小湊鉄道はその名が示すように、本来の目的地は日蓮上人の生誕地である海側の小湊であり、いすみ鉄道は元は木更津と大原を結ぶ路線として計画され、本来は木更津から上総亀山まで伸びる久留里線と繋がって一つになる予定だった。つまり、両方とも中途半端に終わったもの同士なのである。
13:29、上総中野発。やけにいい接続である。1両のレールバスが大原に向かって下っていくのだが、途中駅で全然客が乗ってこない。この線の中心である大多喜までは結局1人も乗ってこず、上総中野で乗り換えた約10人弱しか乗客がいなかった。
旧城下町である大多喜で、ようやくまとまった乗降客があって、レールバスはそのままそろりそろりと坂を下っていく。景色に特筆するようなものも無く、沿線人口も希薄、観光資源もさほどない、ということでいすみ鉄道の経営はかなり厳しいらしい。
列車はけだるい午後の日差しを受けながら進み、14:17大原に到着。
この後私は止せばいいのに芝山千代田へ向かったのだが、その詳細は後ほど。
8月6日(日曜日) ホテルで朝食を終えて部屋に戻るとちょうど8:15、NHKの広島平和祈念式典の中継に合わせて黙祷した後、おもむろに荷造り開始。
さて、本日はいよいよ長崎入りである。そもそも今回諫早泊になったのは、長崎市内のホテルが取れなかったからであって別に勿体をつけようと言う訳ではなかった。
と、いうことで素直に長崎へ行けば良いだけなのだが私がうっかり、「あれ?旧線経由じゃないなんて意外ですね」などと口走ってしまったために、旧線経由で長崎へ行くことに。地図を見ていただくと分かるが、長崎本線は諫早で二つに分かれ、大村湾沿いを進んだあと、山越えをして浦上駅に至る旧線と、後で作られたトンネルで直進する新線がある。ちょうど峠越えの道路に、トンネルで一直線に抜けるバイパスが出来たのと同じようなものである。普通旧線は廃止されるのだが、それなりに沿線人口がいるので残されている。私はこっちの方がトンネルで抜けるより景色が良かろうと踏んだわけである。今にして思えば、そんな回り道している場合じゃなかったような気もするのだが。
諫早発9:54のディーゼルカーは佐世保発で大村線からの直通列車だ。喜々津で新線と別れるとおもむろに蛇行し始め、大村湾沿いへ出る。車窓の眺めは期待通りだ。しかし、大草を過ぎると山へ入る…その後峠越えをしているのだが睡魔に襲われ全然覚えていない。気づけば元スイッチバック駅の本川内で、列車が1時間に1本弱程度しかない線区の割りに妙に近代的な駅舎の長与を過ぎると長崎市の郊外に入って乗客が増えてくる。時刻表を見ると長与・長崎間の区間列車も結構運行されているのだ。長崎へ向かって下り勾配をひた走り、浦上で新線と合流して、10:41に長崎駅に到着。長崎はどん詰まりの正に「終着駅」という駅である。
さて、1日半かけて長崎に着いた我々が最初にしたこと、それは…駅ビルの西友で野郎二人の帽子を買うことだった。男の場合、普段帽子なんぞ使わないので持って来てないし、jかろうじて手に入ったのは内田康夫か廃線探訪してたときに今は亡き宮脇俊三翁がかぶっていたようなのしかなかった。どうなんだ?これ。
さて、装備を完了した我々が最初に向かったのは大浦天主堂である。
実は大浦天主堂に来るのは二度目で、前回は前に勤めていた会社の社員旅行で雨の日に来ている。とりあえず、最近恒例になりつつあるバックショット。
天主堂内は「ああ、カトリックの教会だな」という感じ。っておい、なんだその感想はと言われるかもしれないが、なんせ私はビザンツの国教だった正教会シンパ(信者じゃないけど)で、ローマ・カトリック教会に対しては淡白(所詮フランク人どもの異端うわ何をするqaws)なもんで。
その後、神学校を抜けてグラバー園へ。ここも二度目だが、私は旧三菱ドッグハウスからの長崎港の眺めが大好きだ。前回の雨に煙る様もよかったが夏の晴天時も良い。
グラバー邸でもバックショット。
何をやりたいんだか、段々わからなくなって来たな。
グラバー園から、土産だのカステラの切れ端だのを買い込みつつ中華街まで歩き、中華街でO氏と合流。O氏は北九州からレンタカーで長崎入りしている。
中華街の江山楼(さだまさしファンならここしかない)で昼食。私とO氏は二人でちゃんぽんと皿うどんを一つずつ頼んで分けて食べる。女性はよくやるが、男はあまりやらないパターンである。皿うどんももちろん美味いが、ちゃんぽんのスープが美味い!スープだけ持って帰って、ご飯にかけて食べたい!
一通り食べてこれからの打ち合わせをしているとお店の人が、
「さださんのコンサートに行かれるんですか?」
「ええ、そうなんですよ」
今日はそんな人ばっかりだと思うが。
「昨日、さださんお見えになりましたよ」
「!」
「さだまさしファンならここしかない」と書いた理由が、お分かりいただけたろうか。
路面電車で長崎駅まで戻り、飲み物を調達するために(暑いので水分がないと危険)再び西友へ。って、何だこの西友の混雑は!どうやら、皆目的地は同じらしい。
会場の稲佐山公園へはシャトルバスも出ているが、この混雑である。いつ乗れるか分かったものではない(じっさい今年は参加者が多すぎて会場に入りきれず、途中で運行打ち切りになってしまった)ので、タクシーで向かうことにする。このタクシーの運転手さん、ユーミンを乗せたときの話や、「ほら、あの奥が福山雅治の実家ですよ」などと、かなりサービス精神旺盛に話をしてくれた。
そうこうしているうちに稲佐山公園へ到着。夫婦1組と野郎2人、いよいよ会場入りである。って、開場から1時間過ぎてるのに、何だ、この長蛇の列は!?まさに「人がゴミのようだ!」(by 偉大なラピュタ王ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ)
場所をとるのにも一苦労、男でもトイレに行くのに四苦八苦。ましてや奥方なんぞ
明らかに普段の中継映像より人が多い中(我々みたいなのが行ってるせいだが)、16時過ぎにコンサート開始。今年もオープニングは『長崎小夜曲』だ。
(以下書きかけ)
コンサートの模様は、8月27日 NHK総合で16:00-17:30放送予定。
ゲスト:佐田玲子、平原綾香、コロッケ、BEGIN、加山雄三、吉田政美、大竹しのぶ
本当は、もっと早く来たかった。最後ではなく…。
友人のかざま氏夫妻から、『夏・長崎から』に誘われたのは6月のこと。さださんの平和祈念コンサート『夏・長崎から』は毎年多くの地元市民や全国からsのファンを集めて行われてきたが、2006年の20回目を以って終了と発表されていた。今まで行きたくてもなかなか行けなかったコンサート。今回は何せ最後である。合併がらみで仕事がバカみたいに忙しいのは承知の上で、参加すると答えたのであった。
さて、奥方の方と12年来の友人である私とかざま夫妻の三人は、既に何度か三人で出かけていたが、かざま氏の方が旅行慣れしているのになぜか私がプランを組むケースが多かった。が、今回はかざま氏のプランに乗るだけ。なので、かなり気楽に返答した私であったが、まずは、今回の予定を見て頂こう。
8月4日(金)~5日(土)
品川23:55-(ムーンライトながら91号)-5:55大垣6:00-(731
T)- 6:34米原6:35-(新快速3203M)-9:29相生9:30-(1311
M)-12:05尾道12:35-(5353M)-16:30新山口16:36-(35
65M)-
17:47下関17:53-(251M)-17:59門司18:07-(快速4379M)
-19:39二日市19:46-(2873M)-21:02肥前山口21:04-(28
75M)-22:24諫早
諫早 泊
ほぼ丸一日列車に乗りっぱなしである。青春18きっぷだから横浜→諫早をわずか2000円代で移動できるというのは確かにすごいのだが。さすがにこれだけ乗り詰めなのは、生まれて初めてかもしれない。
22時まで芝浦のオフィスで仕事を(ケッ)してから、おもむろに品川駅へ。京浜東北が事故で遅れ、与野駅からやって来るかざま夫妻が間に合うのか冷や冷やしたが、どうにか間に合い。無事出発。ムーンライトながらは、以前友人と関西に行った時に定期の列車を利用したが、その時同様ロクに寝られなかった。普段は通勤電車の椅子でさえ爆睡できるというのに。大垣から米原までは、今回も立ちっばなし。
米原でダッシュで座席を確保。土曜とは言え朝の京阪神方面である。滋賀県内を進むごとに駅ごとに人が増えていく、京都、大阪、三ノ宮で客は入れ替わるものの何故か減らない。嫌な予感がする。
姫路で乗っていた車両が切り離しとなり、移った車両は大混雑。そして相生で乗り換えた列車は3両で身動きも取れない程…嫌な予感が当たった、18きっぷシーズンだからだ…私はトイレのドアの前で立ちんぼで、人混みをかき分けてトイレに来る人にドアを開けてあげたりしていた。何だ、この役目は。
へとへとになって岡山にたどり着いた我々は予定を変更してさっさと列車を降り、岡山からの始発に乗り換えることにした。ホームへの入線時間まで調べあげ、駅弁や飲物を買い込み、無事に1ボックスをゲット。
「いやあ、やっと鈍行の旅らしくなってきましたよ」と思わず口走ったりしつつ、11:12列車は岡山を出発。岡山からこの列車の終着新山口までは 5時間余り。空腹を満たし、瀬戸内の日差しを浴びてのんびり行けば、自然に眠りに…何で夜全然眠れなかったのには昼は眠れるのだろうか。列車は倉敷、福山、尾道を過ぎて西条駅を過ぎると列車は快速運転で広島へ、広島を過ぎて左に厳島と広島電鉄の線路を見て進む。やっぱりこれこそが鈍行の旅だ。しかし、私の体には少しずつ異変が生じていたのであった…。
列車は時々車窓に瀬戸内海の穏やかな風景を映しながら岩国、下松、徳山と進み、16:30新山口到着。実は尾道から乗る予定の列車に先に乗り込んでいただけだったのだ。ここから下関までは山陽本線の中でも、余り面白くない風景が続く、我々の口数も減り気味だ。
薄暗い下関駅へ着き、門司行へ乗り換えるべく階段を上がると、何とかざま氏の友人O氏(北九州在住)が立っておられるではないか。かざま氏から現在地を聞いた時点で時刻を割り出し、北九州からやって来たのである。
乗り換えた区間列車は関門トンネルを通り、いよいよ九州へ上陸である。これだけ時間をかけると九州入りの感慨もひとしおだ。と、行っても諫早までは、あと4時間半あるのだが。
門司で快速荒尾行に乗り換える。この快速、停車駅が多くてちっとも快速ではない。O氏は黒崎で下車。O氏とは明日長崎で合流する予定だ。
ガラガラの快速も博多で客が増え、鳥栖へ向かう。今日はどこかで祭があるらしく、浴衣姿の若者が多い。鳥栖では乗り換えの合間にかしわうどんを食べる。肥前山口行は20:14発だが久留米の花火大会のために接続列車が遅れているというアナウンスが。浴衣客の目的地はそれだったか。結局6分遅れで鳥栖を発車。車窓には列車を遅らせた久留米の花火が見える。佐賀を過ぎると車窓が淋しくなり、闇に包まれた肥前山口へ到着。
ついに最後の乗り換えである。左手の車窓は有明海のはずだが、この時間ではもう真っ暗闇。22:30やや遅れて諫早に到着し、ホテル入り。勿論私はシングル・ルームである。ハードな一日を終えた私がシャワーを浴びて、することはただ一つ。横になったらあっという間に意識が遠のいていった。
ただ今、はやて71号のグリーン車で福島県内を北上中。
輝く朝日、くっきりした阿武隈の山々の稜線。旅をする喜びを噛み締めてます。
それにしても、グリーン車って楽チンだな…
今回は、このブログ初のドライブレポです。
昨日(4日)はドライブに出ようと決めていた。前の夜は12時過ぎに寝て5時起き…の予定が3時に目が醒めてしまった。年寄りかよ、俺は。そのまま出てしまっても良かったのだが、さすがに3時間しか寝ないで長距離ドライブというのは危ない。もう2時間寝ようと思って横になったら…。
目を開けたら、そこは10時の世界。
目覚ましも無視して眠ってしまったらしい。この時間からだと高速は渋滞しはじめているし、帰りのことを考えれば行けるところは関東・甲信地方がせいぜいだ。と、いうことでとりあえず秩父へ向い、そこから雁坂峠を越えて山梨に出ようと決めて、11時に家を出た。
坂戸から秩父へは普通なら国道407・254号で寄居へ出て国道140号を行くか、飯能から国道299号で向うのだが、140号はいつも長瀞周辺が混むし、299号は高麗駅近辺がハイキング客で混雑する。ということで、いったん飯能から名栗へ向い、名栗から山伏峠を越えて途中から299号線へ入ることにした。山伏峠を越えるまでは順調、やや「険道」ではあるが山伏峠のワインディングもまあ気持ち良いもんだ。天気も快晴だし。ところが…。
299号線がメチャクチャ混んでいる!
実は、秩父市と横瀬町の境目あたりに羊山公園という公園があり、そこは芝桜で近年有名になっているのだ。その賑わいと来たら、秩父鉄道が臨時電車を走らせるほどだ。
私は芝桜は既に終わっていると思っていた。しかしそれは大きな間違いであった。
という訳でいきなり大渋滞に巻き込まれ、140号へ入って旧荒川村へ抜ける頃には14時になっていた。3時間経っても埼玉県から出られない…。
旧大滝村に入り、建設中の滝沢ダム前のループ橋を登り、一気に雁坂峠へ。そこからは順調そのもので、一気に甲府盆地へ下り、石和温泉をかすめて御坂峠へ向う。御坂峠は新御坂トンネルという長大トンネルがあるのだが、あえて旧道を選んだ。
御坂峠への旧道は、ずっと2車線であり、整備状態も良い。行き交う車もほとんどなく、新緑の中のワインディングをのんびり楽しむことができた(行っておくが私は峠を飛ばすタイプではない)。
御坂峠のトンネルはいかにも古いトンネルという感じで、中は電気もついているのだが一刻でも早く脱け出したい感じ。そこを抜けると…。
この景色である。携帯カメラの写真だとあまり伝わっていないが、トンネルを出て、いきなり目の前にこの景色が広がった時の驚きと言ったらない。河口湖側から上がってきて、ここで折り返して行く車も多いようだが、是非甲府盆地側から上がって来て頂きたい。私も助手席に誰かを乗せてもう一度来てみたい眺めである。
ここからは、ワインデングを下ってトンネルを通ってきた現国道と合流し、そのまま河口湖へ向って高度を下げて行く。河口湖に着いた時には既に17時で帰りの渋滞が始まっていた。中央道はもう無理だし、国道20号線も厳しそう。
そこで山中湖を抜けて国道413号線で神奈川の津久井へ抜けようと考えたのだが、富士吉田市内も混雑しており、忍野を回って山中湖へ着いた時には18時30分を過ぎていた。これが、その時山中湖の北岸にある駐車場から撮ったものだ。何度見ても良い形の山である。
愛車も入れてみた(ナンバー部分は処理してあります)。
ここからがまた混んでいて山中湖の北岸沿いは既に東へ向って大渋滞、南側の国道へ回ってみたがここも結局北岸からの道が合流し、なおかつ駿河小山へ向う県道と道志への国道413号が分岐する交差点が渋滞しており、道志村へ抜ける頃には20時を過ぎていた。そこからはまあまあ順調で、あきる野から圏央道を使ったので、23時過ぎには家に着いたのだが。いやあ、ゴールデンウィークの渋滞をナメてはいかんということが良く分かったわ。
ウェブログ・ココログ関連 | グルメ・クッキング | スポーツ | ドライブ・クルマ | ニュース | パソコン・インターネット | ホームページ関連情報 | 恋愛 | 愛知万博 | 文化・芸術 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 映画・テレビ | 経済・政治・国際 | 趣味 | 音楽
最近のコメント