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2006年8月

2006/08/30

♪オリンピックの顔と顔(古い)

2016年の五輪候補地、日本は東京に決定!正直、2008年に北京があるからアジアは厳しいと思うけど。

アジア、ヨーロッパはないとするとアメリカ…はロサンゼルスがまた立候補してるのかよ!もう二回やりゃ十分だろ!

2006/08/27

昨日買ったCD

ブラームス『ヴァイオリン・ソナタ全集』(Vn:シュナイダーハン/Pf:ゼーマン)
aiko『恋人』

何だよこの買い方は。我ながら…。

2006/08/23

唯一のロシア語専門書店 破産

神田神保町のナウカ書店が破産
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060822-00000016-maip-soci

私自身はロシア語分からないし、知り合いのロシア・東欧系サイト主の皆さんほどの思い入れがあるわけでもないのだが、嫌なニュースだなぁ、これ。マニアックな本が集まる神保町で破産する、というのが。今後こういうところが増えないと良いんだけど。

ポロ 1.6L スポーツライン

うわ、こんなの出したのか。普通のポロよりパワフルなエンジンに、ティプトロニック付の6速A/T。しかもフォグランプが標準。くーっ、今新車買う金あったら、これ欲しいわ。http://www.volkswagen.co.jp/cars/polo/lineup_16sports.html

2006/08/14

またまた近況報告

・相変わらず残業ばっかり、土曜日潰されまくりです。もうイライライラ…。
・何故かCX系でやっている『ハチミツとクローバーⅡ』にハマッてしまい、わざわざ録画してまで見ています。
・で、それを見ていたら昔の恋愛失敗エピソードを大量に思い出して、完全に盛り下がってます。ああ、情けなや…
・やたらとCDを買い込むようになってます。音楽は人を裏切りませんからね。へへ。
・残暑見舞いを作ろうと思って葉書を買ったのに書く暇がありません!

(予定)さだまさしコンサート 夏・長崎から FINALへ その③

福岡で目覚めた朝、私を襲った異変。そして苦汁の決断について。

2006/08/08

(書きかけ)さだまさしコンサート 夏・長崎から FINALへ その②

8月6日(日曜日) ホテルで朝食を終えて部屋に戻るとちょうど8:15、NHKの広島平和祈念式典の中継に合わせて黙祷した後、おもむろに荷造り開始。

さて、本日はいよいよ長崎入りである。そもそも今回諫早泊になったのは、長崎市内のホテルが取れなかったからであって別に勿体をつけようと言う訳ではなかった。

と、いうことで素直に長崎へ行けば良いだけなのだが私がうっかり、「あれ?旧線経由じゃないなんて意外ですね」などと口走ってしまったために、旧線経由で長崎へ行くことに。地図を見ていただくと分かるが、長崎本線は諫早で二つに分かれ、大村湾沿いを進んだあと、山越えをして浦上駅に至る旧線と、後で作られたトンネルで直進する新線がある。ちょうど峠越えの道路に、トンネルで一直線に抜けるバイパスが出来たのと同じようなものである。普通旧線は廃止されるのだが、それなりに沿線人口がいるので残されている。私はこっちの方がトンネルで抜けるより景色が良かろうと踏んだわけである。今にして思えば、そんな回り道している場合じゃなかったような気もするのだが。

長崎県諫早・長崎市周辺の地図
http://www.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&q=%E9%95%B7%E5%B4%8E%E7%9C%8C%E8%AB%AB%E6%97%A9%E5%B8%82&ie=UTF8&z=11&ll=32.80459,130.006714&spn=0.318004,0.787582&om=1

諫早発9:54のディーゼルカーは佐世保発で大村線からの直通列車だ。喜々津で新線と別れるとおもむろに蛇行し始め、大村湾沿いへ出る。車窓の眺めは期待通りだ。しかし、大草を過ぎると山へ入る…その後峠越えをしているのだが睡魔に襲われ全然覚えていない。気づけば元スイッチバック駅の本川内で、列車が1時間に1本弱程度しかない線区の割りに妙に近代的な駅舎の長与を過ぎると長崎市の郊外に入って乗客が増えてくる。時刻表を見ると長与・長崎間の区間列車も結構運行されているのだ。長崎へ向かって下り勾配をひた走り、浦上で新線と合流して、10:41に長崎駅に到着。長崎はどん詰まりの正に「終着駅」という駅である。

さて、1日半かけて長崎に着いた我々が最初にしたこと、それは…駅ビルの西友で野郎二人の帽子を買うことだった。男の場合、普段帽子なんぞ使わないので持って来てないし、jかろうじて手に入ったのは内田康夫か廃線探訪してたときに今は亡き宮脇俊三翁がかぶっていたようなのしかなかった。どうなんだ?これ。

Img_0740

さて、装備を完了した我々が最初に向かったのは大浦天主堂である。Img_0731

実は大浦天主堂に来るのは二度目で、前回は前に勤めていた会社の社員旅行で雨の日に来ている。とりあえず、最近恒例になりつつあるバックショット。

天主堂内は「ああ、カトリックの教会だな」という感じ。っておい、なんだその感想はと言われるかもしれないが、なんせ私はビザンツの国教だった正教会シンパ(信者じゃないけど)で、ローマ・カトリック教会に対しては淡白(所詮フランク人どもの異端うわ何をするqaws)なもんで。

Img_0734_1 その後、神学校を抜けてグラバー園へ。ここも二度目だが、私は旧三菱ドッグハウスからの長崎港の眺めが大好きだ。前回の雨に煙る様もよかったが夏の晴天時も良い。

Img_0736 グラバー邸でもバックショット。
何をやりたいんだか、段々わからなくなって来たな。

グラバー園から、土産だのカステラの切れ端だのを買い込みつつ中華街まで歩き、中華街でO氏と合流。O氏は北九州からレンタカーで長崎入りしている。

中華街の江山楼(さだまさしファンならここしかない)で昼食。私とO氏は二人でちゃんぽんと皿うどんを一つずつ頼んで分けて食べる。女性はよくやるが、男はあまりやらないパターンである。皿うどんももちろん美味いが、ちゃんぽんのスープが美味い!スープだけ持って帰って、ご飯にかけて食べたい!

一通り食べてこれからの打ち合わせをしているとお店の人が、
「さださんのコンサートに行かれるんですか?」
「ええ、そうなんですよ」

今日はそんな人ばっかりだと思うが。

「昨日、さださんお見えになりましたよ」
「!」
「さだまさしファンならここしかない」と書いた理由が、お分かりいただけたろうか。

路面電車で長崎駅まで戻り、飲み物を調達するために(暑いので水分がないと危険)再び西友へ。って、何だこの西友の混雑は!どうやら、皆目的地は同じらしい。

会場の稲佐山公園へはシャトルバスも出ているが、この混雑である。いつ乗れるか分かったものではない(じっさい今年は参加者が多すぎて会場に入りきれず、途中で運行打ち切りになってしまった)ので、タクシーで向かうことにする。このタクシーの運転手さん、ユーミンを乗せたときの話や、「ほら、あの奥が福山雅治の実家ですよ」などと、かなりサービス精神旺盛に話をしてくれた。

そうこうしているうちに稲佐山公園へ到着。夫婦1組と野郎2人、いよいよ会場入りである。って、開場から1時間過ぎてるのに、何だ、この長蛇の列は!?まさに「人がゴミのようだ!」(by 偉大なラピュタ王ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ)

場所をとるのにも一苦労、男でもトイレに行くのに四苦八苦。ましてや奥方なんぞ

明らかに普段の中継映像より人が多い中(我々みたいなのが行ってるせいだが)、16時過ぎにコンサート開始。今年もオープニングは『長崎小夜曲』だ。

(以下書きかけ)

コンサートの模様は、8月27日 NHK総合で16:00-17:30放送予定。
ゲスト:佐田玲子、平原綾香、コロッケ、BEGIN、加山雄三、吉田政美、大竹しのぶ

さだまさしコンサート 夏・長崎から FINALへ その①

本当は、もっと早く来たかった。最後ではなく…。

 友人のかざま氏夫妻から、『夏・長崎から』に誘われたのは6月のこと。さださんの平和祈念コンサート『夏・長崎から』は毎年多くの地元市民や全国からsのファンを集めて行われてきたが、2006年の20回目を以って終了と発表されていた。今まで行きたくてもなかなか行けなかったコンサート。今回は何せ最後である。合併がらみで仕事がバカみたいに忙しいのは承知の上で、参加すると答えたのであった。
 
 さて、奥方の方と12年来の友人である私とかざま夫妻の三人は、既に何度か三人で出かけていたが、かざま氏の方が旅行慣れしているのになぜか私がプランを組むケースが多かった。が、今回はかざま氏のプランに乗るだけ。なので、かなり気楽に返答した私であったが、まずは、今回の予定を見て頂こう。

8月4日(金)~5日(土)

品川23:55-(ムーンライトながら91号)-5:55大垣6:00-(731
T)- 6:34米原6:35-(新快速3203M)-9:29相生9:30-(1311
M)-12:05尾道12:35-(5353M)-16:30新山口16:36-(35
65M)-
17:47下関17:53-(251M)-17:59門司18:07-(快速4379M)
-19:39二日市19:46-(2873M)-21:02肥前山口21:04-(28
75M)-22:24諫早

諫早 泊

ほぼ丸一日列車に乗りっぱなしである。青春18きっぷだから横浜→諫早をわずか2000円代で移動できるというのは確かにすごいのだが。さすがにこれだけ乗り詰めなのは、生まれて初めてかもしれない。

22時まで芝浦のオフィスで仕事を(ケッ)してから、おもむろに品川駅へ。京浜東北が事故で遅れ、与野駅からやって来るかざま夫妻が間に合うのか冷や冷やしたが、どうにか間に合い。無事出発。ムーンライトながらは、以前友人と関西に行った時に定期の列車を利用したが、その時同様ロクに寝られなかった。普段は通勤電車の椅子でさえ爆睡できるというのに。大垣から米原までは、今回も立ちっばなし。

米原でダッシュで座席を確保。土曜とは言え朝の京阪神方面である。滋賀県内を進むごとに駅ごとに人が増えていく、京都、大阪、三ノ宮で客は入れ替わるものの何故か減らない。嫌な予感がする。

姫路で乗っていた車両が切り離しとなり、移った車両は大混雑。そして相生で乗り換えた列車は3両で身動きも取れない程…嫌な予感が当たった、18きっぷシーズンだからだ…私はトイレのドアの前で立ちんぼで、人混みをかき分けてトイレに来る人にドアを開けてあげたりしていた。何だ、この役目は。

へとへとになって岡山にたどり着いた我々は予定を変更してさっさと列車を降り、岡山からの始発に乗り換えることにした。ホームへの入線時間まで調べあげ、駅弁や飲物を買い込み、無事に1ボックスをゲット。
「いやあ、やっと鈍行の旅らしくなってきましたよ」と思わず口走ったりしつつ、11:12列車は岡山を出発。岡山からこの列車の終着新山口までは 5時間余り。空腹を満たし、瀬戸内の日差しを浴びてのんびり行けば、自然に眠りに…何で夜全然眠れなかったのには昼は眠れるのだろうか。列車は倉敷、福山、尾道を過ぎて西条駅を過ぎると列車は快速運転で広島へ、広島を過ぎて左に厳島と広島電鉄の線路を見て進む。やっぱりこれこそが鈍行の旅だ。しかし、私の体には少しずつ異変が生じていたのであった…。

列車は時々車窓に瀬戸内海の穏やかな風景を映しながら岩国、下松、徳山と進み、16:30新山口到着。実は尾道から乗る予定の列車に先に乗り込んでいただけだったのだ。ここから下関までは山陽本線の中でも、余り面白くない風景が続く、我々の口数も減り気味だ。

 薄暗い下関駅へ着き、門司行へ乗り換えるべく階段を上がると、何とかざま氏の友人O氏(北九州在住)が立っておられるではないか。かざま氏から現在地を聞いた時点で時刻を割り出し、北九州からやって来たのである。

 乗り換えた区間列車は関門トンネルを通り、いよいよ九州へ上陸である。これだけ時間をかけると九州入りの感慨もひとしおだ。と、行っても諫早までは、あと4時間半あるのだが。

 門司で快速荒尾行に乗り換える。この快速、停車駅が多くてちっとも快速ではない。O氏は黒崎で下車。O氏とは明日長崎で合流する予定だ。

ガラガラの快速も博多で客が増え、鳥栖へ向かう。今日はどこかで祭があるらしく、浴衣姿の若者が多い。鳥栖では乗り換えの合間にかしわうどんを食べる。肥前山口行は20:14発だが久留米の花火大会のために接続列車が遅れているというアナウンスが。浴衣客の目的地はそれだったか。結局6分遅れで鳥栖を発車。車窓には列車を遅らせた久留米の花火が見える。佐賀を過ぎると車窓が淋しくなり、闇に包まれた肥前山口へ到着。
ついに最後の乗り換えである。左手の車窓は有明海のはずだが、この時間ではもう真っ暗闇。22:30やや遅れて諫早に到着し、ホテル入り。勿論私はシングル・ルームである。ハードな一日を終えた私がシャワーを浴びて、することはただ一つ。横になったらあっという間に意識が遠のいていった。

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